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262月 2024

「家族志向のケア」を通じ考えること

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 総合診療医、家庭医が用いる理論・枠組みの中に「家族志向のケア」というものがある。この理論においては、家族は患者個人やその健康問題へ相互に関係するヘルスケアシステムとして捉えられており、患者の背景にある家族とその関係性や患者が人生の中でどのような段階にあるのか(ライフサイクル)等を意識しながら患者の健康問題にアプローチをしていく。

ここで問題になるのは、「医師も一度きりの人生を生きており、医師自身が経験をしたことが無いような立場やライフサイクルにある人を本当に理解できるのか」ということである。

ライフサイクルの考え方では、家族のライフサイクルのステージは、以下の6つに分けられており、それぞれの段階において課題が生じるとされている。

1.巣立ち期
2.新しいカップルの時期
3.小さな子供のいる時期
4.思春期の子供のいる時期
5.巣立ち後の時期
6.晩年期

 

 

医師も一度きりの人生を生きる 

 私自身は30代の医師であり、妻と0歳児の3人家族である。これまでの人生においては巣立ち期、新しいカップルの時期を経験し、小さな子供のいる時期を現在進行形で経験している段階にある。小さな子供のいる時期の課題には、「子供の居場所を設けるために夫婦システムを調整する」、「子育てや家事に参加する」、「祖父母の役割を含め拡大家族との関係を再構築する」があると言われている。子供が産まれる前からこの理論は知っていたため、ライフサイクルのステージが変わることで家族の形が変化していくことの覚悟をしていたため、これらの課題にしっかりと取り組んでいくことができていると自覚している。一方で、自分自身が体験して、それぞれの課題の大変さや小さな子供がいる家族という立場をこれまでは表面的にしか理解をしていなかったことに気がついた。例えば「子育てや家事に参加する」という課題があるが、通常の家事に加えておむつ替えや寝かしつけ等のタスクが追加するだけでなく、それら全てが子供に合わせて行われるため時間通りに進むわけではないため夫婦が協力して取り組まなければならない課題だと気づいた。そして、私自身がこの課題に取り組まず、家に帰ってまでも仕事をしていたとすると妻にこの課題のすべてが降りかかってしまう。子供が産まれる前までは夫婦が互いの仕事や役割を尊重し支えあるというシステムが構築されていたとしても、子供が産まれてからは「子供の居場所を設けるために夫婦システムを調整する」という課題に取り組まなければ、「子育てや家事に参加する」という課題も乗り越えることができないのである。

このように「小さな子供のいる時期」というライフサイクルを身をもって実感することで逆にまだ経験をしていない「思春期の子供のいる時期」や「晩年期」等のライフサイクルを十分に理解することができていないのであろうことに気づき、またこのライフサイクルには入ってこない「高齢独身男性の立場」や「子どものいない50代夫婦の立場」等、私が今後一生経験することのできない立場があることにも気づいた。

ここで最初の問いに戻る。「医師も一度きりの人生を生きており、医師自身が経験をしたことが無いような立場やライフサイクルにある人を本当に理解できるのか」私自身の答えは「NO」である。本当に理解することは不可能であることを知った上で理解しようとすることが重要なのではないだろうか。ライフサイクルの変化することの影響の大きさを実感し、これを考慮することなく患者の背景を理解することはできないことに気づいたが、理解することの難しさも知った。

 

 

どうやったら患者をより深く理解出来るのか 

 どうやったら様々な立場にある人たちを表面上の理解ではなく、より深く理解しようとすることができるのだろうか。この問いについて、私自身はまだ明確な答えを持ち合わせてはいない。その中で私自身が意識して取り組んでいることを紹介する。まず1つ目は患者の話を聞くことである。診察の中で自らの体験を語ってくれることも少なくない。子育ての経験、子供が巣立った後の生活について、配偶者の死の経験等の患者の語りに興味を持ち、可能であればその時にどのように感じてどのように乗り越えていったのかを聞いてみるようにしている。患者の語りから患者の経験を追体験しているのである。その他の方法としては、映画や小説、アニメ等の作品を通して追体験をしている。フィクションでもノンフィクションでも構わない。登場人物の立場を家族のライフサイクルに当てはめてみたりすることで、どのような課題を持ち、どう感じ、どう乗り越えていったかを意識しながら作品を見ていき追体験をするのである。こうして様々な立場を理解しようとしている。本当に理解することはできていないが、ほんの少しはそれぞれの立場の解像度が上がっていったようには感じている。

「家族志向のケア」は総合診療医・家庭医にとって重要な理論である。自らの体験も他者の体験も大切にしていきながら、医師として日々成長をしていきたい。

Author:谷口 尚平


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