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1410月 2022

守りながら更新する

鳥取大学地域医療学講座発信のブログです。
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 今年の3月に母が亡くなり、葬儀、四十九日、初盆と慌ただしい半年であった。母は鳥取市の実家で生涯暮らしたが、私は米子で、弟は埼玉で暮らしている。だから、鳥取の実家にはいま誰も住んでいない。実家は鳥取市郊外の農村の奥まった山ぎわにあり、木造の築75年とかなり古い。20年前に母があらたに新宅を旧宅に接続した形で増築した。ところが年がたつにつれ、旧宅の傷みがすすみ、大雪で屋根の棚木が折れたり、雨樋が破損して雨漏りしたり、とにかくいろいろなトラブルが目立つようになった。その都度、私が自分で修理したり、業者に頼んで補修したりしていたが、とにかくお金がかかる。母は新宅エリアで暮らしていたので、直接の被害はなかったが、旧宅と新宅を接続した設計のため、旧宅トラブルが新宅まで波及する結果となった。旧宅に風雨が入れば、新宅も一挙にやられてしまう。ほかにも、庭木の剪定をしなければ、木が伸び放題で屋根をたたき瓦をこわす、広葉樹の葉が落ちて雨樋や排水路を詰まらせる、台風で庭木の枝が落下して屋根を破損する。裏にある竹林の管理を怠れば、竹が蔵の中まで侵入する、草刈りをしなければ裏庭が草ぼうぼうで山からイノシシが侵入する。まあ、とにかく管理が本当に大変である。だが、母が生きている間は、「大きな木は切るな」「竹林はそのままで」「破損した家を取り壊すのなんてとんでもないこと」など、大きな決断はできなかった。「ずっと暮らしてきた大切な家屋敷」「樹木は家の守り神」「見てくれの悪い家は恥ずかしいこと」という母の考えで、抜本的な改革はまったくできなかった。

 

 母が亡くなり、実家の管理が私に移って、さてこれからどうしたものかと途方にくれた。屋根の補修、庭の管理、固定資産税など、経済的な負担と、村のなかで務めていた家の役割というコミュニテイ内での課題もでてくる。長男だから、実家に引っ越せばよいのでは、といわれるかもしれないが、コトはそう簡単ではない。私自身、実家を離れて40年がたち、米子に仕事と暮らしの中心があるのだ。私の家族もあえて鳥取の実家に引っ越す気持ちは、さらさらない。子供たちも、一人は東京、一人は米子で仕事をしており、家族もあることだから、鳥取の実家のことなどまったく気にかけていない。私が元気なうちは、米子から鳥取に通い、補修できる部分はやってみようと思っていたが、人の住まない家の傷みは思った以上に早くすすむ。本当に困ったものだという気持ちを抱え、日々悶々としている。

 

 

相続から考える二つの矛盾

先日、たまたま社会学者のピエール・ブルデユーの「世界の悲惨」(藤原書店)を読んでいたら、“遺産相続の矛盾”という章があった。そのなかに次のようなくだりがある。

・“家族は、社会的な軌道とそれに対する関係の母型、なかでも、相続者の性向と自らの運命ー遺産の中に閉じ込められているーとの間の不一致から生まれる、矛盾と二重拘束(ダブルバインド)の関係の母型であるから、一般的な緊張と矛盾を生成させる。父とは、一つに「計画」(というよりはコナトス)の場であり手段である。それは、相続した性向の中に書きこまれており、父という存在の生き方の中で、またそれによって無意識的に伝達されるとともに、家系の存続に向けられた教育行動によって意識的に伝達されるのである。相続するとは、内在するその性向を受け継ぐこと、このコナトウスを永続させること、自らを再生産というこの「計画」の従順な手段とすることを受け入れることである。成功した遺産相続とは、父の厳命によって成し遂げられた父殺し、父を保持するため、つまり、乗り越えるという父の「計画」を保持するために、父を乗り越えることである。父の欲望、受け継がれたいという欲望に、息子が自己同一化することによって、波風を立てない相続者が作られるのである。”

・“「思い通りに生きる」という言い方があるが、そのためには、相続し相続されることを完全に拒否し、父の生を否定しなければならない息子の例である。彼は、そうすることによって、遺産の中に物質化されている父の企ての全体を拒絶し、時間をさかのぼって無効化してしまうのである。父にとって(そしておそらくは息子にとっても)とりわけ苦しい試練となるのは、我々が聞き取りを行った農業者のように、何から何まで自分自身で作り上げたものであるにもかかわらず、この遺産、この「家」が、自分で終わってしまう場合である。自分のすべての実績と、そして同時に、自分のすべての存在が、そのようにして無効にされ、意味と目的を剥奪されてしまうのである。”

「母の企てのすべてを否定し、時間をさかのぼって無効化する」これは要するに、母の人生、もっといえば先祖の築き上げた時間そのものを殺すことにほかならない。お前にそんな資格があるのか。あるはずがないし、その誹りだけが恐ろしいのである。いったい誰が一人の人間の全人生を否定できるのか、そんなことはできないし、すべきでもない。だが、リアリストとして考え、経済的な負担と今後予想される未来から逆算すれば、実家を維持することが正しい選択かどうかわからなくなる。このダブルバインドは、相続該当の長男である私にしかわからないことかもしれない。相続しないこととは、実家の土地家屋の相続を拒否することである。それが遠い将来にどんな結果を及ぼすのか、まったく思い描くことができない。必ずや後悔するだろうと思いつつ、いま現在、できる決断を積み重ねていくしかない。

 

 

いっしょに生きていくこと、受け継いでいくこと。

 別の読書会で読んだ本「太陽の子」(灰谷健次郎)の言葉がよみがえる。「生きている人だけの世の中じゃない。生きてる人の中に死んだ人もいっしょに生きている」

生きてる人の中に死んだ人もいっしょに生きている」という言葉は、たしかにそうだろうなと納得できる部分がある。育った場、風景、におい。正月、彼岸、お盆、稲刈り、柿、雪、餅つき、など、思い返せば鳥取の実家で過ごした19年間は、深く深く自らの血肉のような記憶となって揺蕩っている。だが、当たり前にやっていた行事のほとんどが簡素化され、親戚は集まらなくなり、家族も数名だけで、という形となった。コロナ禍は、それに一層の拍車をかけたが、堅苦しい昔気質の儀式は止めていこうという潮流は止まらない。儀礼とは文化の醸成場であるという文化人類学の言葉をかりれば、儀礼の衰退はすなわち文化の衰退を意味する。あらためて、正月に親戚一同があつまり、氏神に参拝し、神棚を拝み、いっしょに餅をたべてお神酒をのむ。そういう儀式がなくなっていくことは、大切な文化が消えていくことでもある。自分が避けていた堅苦しい儀礼の数々が廃れていくのは、自分が望んでいたこととはいえ、何かしらうら寂しいものである。

不易流行、守りつつ更新する。その難しさをひしひしと感じつつ、古い実家の傷んだ家屋を眺める秋の夕暮れなのである。

Author:谷口 晋一


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