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222月 2023

家庭医にとっての『フレームワーク』とは

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 皆さんは『フレームワーク』という単語を聞いたことはあるでしょうか?え、ない?そういう人も多いかもしれませんし、私も家庭医療業界に入るまでは聞いたことのない単語でした。ですが、家庭医療に携わる者には『フレームワーク』はなじみのある単語です。

家庭医にとっての『フレームワーク』とは家庭医療を実践する為の思考プロセスを定式化したものであると言えるでしょう。より簡単に言うと、パソコンにとってのOS(WindowsとかMacとか)の様なものなので、家庭医としての思考や活動の根幹を成すのが『フレームワーク』なのです。極論すれば、臨床現場で家庭医が輝きを見せる瞬間とは、『フレームワーク』を活用するまさにその瞬間である、とも言えます。それほどまでに家庭医にとって『フレームワーク』とは大切なものなのです。家庭医療を志す専攻医は『フレームワーク』を理解し、活用できる様に日々研修をしています。ですが、ここで1つの疑問がわいてきます。なぜ家庭医療研修において『フレームワーク』が必要なのでしょうか?……それは家庭医にとっての『フレームワーク』とは、正しい方法で学習するための道標となるからです。

 

 

『努力の方向性』が間違う、という事

 私は中学時代、高校時代に卓球をしていましたが、下手でした。練習をサボっていた訳ではありません(少なくとも中学時代は)……運動神経が致命的に悪いことに加え、『努力の方向性』が間違っていた事が原因だと思います。卓球の練習はまずはコートを挟んで球を打ち合う「ラリー」から始まります。とは言え試合でも「ラリー」をする訳にはいきません。ラリーで打ち合う様な簡単なボールは相手に「どうぞ打って下さい」と言っている様なもので、簡単に強打を打たれてしまいます。これでは試合になりません。そこで、まず「下回転サーブ」や「ツッツキ」という簡単に相手に強打させない為の技術を習得し、その後に「ドライブ」というツッツキから強打に繋げる為の技術の習得が待っています。私は相手にスマッシュやドライブを打たれない為に「ツッツキ」や「下回転サーブ」の練習ばかりしていました。しかし、自分が「ツッツキ」をするなら、相手側は簡単にツッツキをさせないためのサーブを出すといった方法を取ってきます。しかし私はそれに気がつかず「ツッツキ」や「下回転サーブ」の練習ばかりしていた……これが『努力の方向性』が間違っていた、という事です。

家庭医が主戦場とする病院や診療所、或いは在宅医療の現場は恐ろしく複雑で、そして不確実性に溢れています。その場では事例の全体像が見通せない事も多々あるため、事例が一段落した時点で振り返りが必要となりますが、この振り返りで『フレームワーク』が生きるのです。ピアニストがショパンを弾くためにハノンやバイエルを繰り返し練習する様に、家庭医も複雑な事例を解きほぐす為に『フレームワーク』を使って事例を振り返るのです。ですが、『フレームワーク』は家庭医が遵守すべき金科玉条(絶対的なよりどころとして守るべき規則)の様な存在であるかと言うと、私は「それは少し違うのではないか」と思います。

 

 

漢方処方の経験

 私は漢方薬が好きですし、頻繁に処方します。漢方薬の魅力はズバリ、かゆいところに手が届く事と、大抵の病態に対して回答を出す事ができる事(ついでにお財布にも優しい事)です。特に外患病(風邪の様な病態)には滅法強く、西洋薬よりはるかに症状に対して細分化した治療ができます。例えば風邪の引き始めで寒気がして咳と鼻水と筋肉痛がある場合は葛根湯ですし、風邪が長引き体がほてってだるい時には柴胡桂枝湯、風邪が治ったハズなのに体力が戻らずだるい時には十全大補湯、となります。西洋薬ではこうはいきません。

 医者になって2~3年目の頃は「隙あらば漢方」という勢いで漢方薬を処方していました。しかし、出してみると確かによく効くこともあるが、全く効かない事も結構ありました。漢方処方の元となる診断法が分からない事が原因だと考え、漢方的診断法を勉強しました。(漢方の世界と西洋医学の世界の違いは非常に興味深いのですが、ここでは割愛します)その結果、同じ症状でも「証(症状の原因)」が違うため漢方薬が効くはずの症状でも全く効かない事がある、と分かりました。例えば高齢者が夜になると興奮して全然寝ない、という症状に対応する漢方薬としては抑肝散、酸棗仁湯、柴胡加竜骨牡蠣湯、小建中湯、黄連解毒湯などが挙がり、そして……なんとこれら全てに対応する「証」が違うのです!また、経験を積むにつれ、西洋薬の方が早く確実に効く事例が結構多い、という事にも気がつきました。その結果、今は以前より漢方薬を処方する頻度は格段に減りました……漢方薬を処方する蓋然性(そうでなければならないという事)を考える様になったからです。

 

 

手段と目的

 今思えば、2~3年目の「隙あらば漢方」の頃の私は「漢方薬を処方する」事が目的になっていましたが、今は漢方に対し冷静な目で接し、「患者さんの症状を良くするために漢方薬は使えるだろうか」と言う事を目的として考える様になりました。漢方は患者さんの症状を軽減するための「手段」に過ぎない、と割り切って考える事ができる様になったのです。

『フレームワーク』は家庭医が遵守すべき金科玉条の様な存在でない、という私の考えもここに繋がってきます。つまり、家庭医療や『フレームワーク』についても同様の事が言えると思うからです。結局のところ、家庭医療や『フレームワーク』は患者さんのアウトカムを良くする為の1つの「手段」に過ぎないのです。(もちろん有効である事も多いのですが)大切なのは、『フレームワーク』を使うことではなく『フレームワーク』を使う事により、どうやって患者さんに良い影響を与えるかであり、『フレームワーク』を使う事自体が目的になってはならない、と私は思うのです。

手段と目的が入れ替わることは家庭医療や漢方以外の分野でも起こりうる事ではないでしょうか。やはり、医療職にとって『フレームワーク』や手術や内視鏡治療といった「手段」は大きなウェイトを占めるものですし、それが故に常に手段が目的化するリスクを孕んでいると思います。手段と目的が入れ替わらないためには、「何のためにそれをするのか」と問い続け、手段が目的化していないか確認する事が大切ではないでしょうか。

 

Author:小原 亘顕


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