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1912月 2019

本の世界に遊ぶ

鳥取大学地域医療学講座発信のブログです。
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私は読書が好きだ。あらゆる時代や未知の世界に、つかのま身を置くことは、本当に楽しい時間だ。

歴史小説なら司馬遼太郎、SFならJP.ホーガンなど、懐かしい本の名前がたくさん思い出される。

SFの場合、小説、漫画、映画という形で、さまざまなリメイクも楽しみのひとつだ。
小山宙也の宇宙兄弟は、アニメや映画にもなって、こういう役者を選ぶんだと妙に納得したりする。
ステイーブン・キングのホラーの世界にも魅かれる。「It」や「ペットセメタリー」には、恐怖とともに人間の業や勇気が描かれる。

 

名作から新しい発見を

少し硬派の本も、ぽつりぽつりと読みついでいくのもいいものだ。

とくに、半世紀以上前に書かれた哲学書や名作といわれるもの、トルストイやドストエフスキー、デュマ、フランクル、フーコーなど、圧倒的な力で迫ってくる。「戦争と平和」「カラマーゾフの兄弟」「モンテクリスト伯」「夜と霧」「臨床医学の誕生」、分厚い本だけれど、何度でもその世界に戻りたくなるような魅力がある。

日本なら夏目漱石だろうか。虞美人草や草枕など、明治の雰囲気がよくわかるし、個人と家族というテーマは現代でも決して古びていない。

日本文化の価値という意味で明治期に書かれた岡倉天心「茶の本」や、大正期のオイゲン・ヘリゲル「弓と禅」も興味深い。「弓と禅」ではドイツ人が禅にあこがれ日本の弓道を学ぶ過程が詳しく描かれている。

当初は合理的な弓の引き方、筋力の使い方ばかりを考えていた当人に、師匠は「考えるな、感じよ」と説く。4年の絶えざる修行ののち、はじめて「それが射た」と師匠が認めてくれたとある。

 

茶の本にも、扱いがたい琴を奏でるにあたり、名人はその琴の素材となった名木の生きていた四季を思いつつ奏でた、とある。
身体論からみると非常に面白い考察である。これは中島敦の「名人伝」にもつながっていく。弓を持たざる弓の名人、ついに弓(ゆみ)という名前さえ忘れた名人、「なんじゃそりゃ?」と思われるかもしれないが、中島敦の文体に引き込まれるので読んでみてほしい。

 

内田樹の「わたしの身体はあたまがいい」にも、武道を究めるコツは、勝負から離れることとある。
内田は合気道の修行を続けているが、師匠には遠く及ばず、つねに自らの身体の処し方の試行錯誤と発見であるという。武道は相手を倒すためではなく、型を繰り返す中で、勝ち負けの意味を失ったときに、最強となると語る。驚く人こそが驚かない(肝がすわる)、など逆説的な表現が内田らしい。

 

こういう武道論や身体論を読んでいると、目的と手段が転倒したり、「武道」の部分を「知識や技術」に置き換えても応用できる見方のような気がしてくる。そう考えると、いまの自分が無意識にとらわれている制約を打ちやぶる秘訣が、この武道論に隠されているかもしれないと夢想すると、俄然楽しくなってくる。

 

ある意味、妄想かもしれないけど、まったく違う分野の視点から自らを省みたとき、「あーこういうことか!」と膝を打つ発見(発明)が楽しいのだと思う。

 

本の世界は時空をこえる

ちょっと趣向を変えて、気楽なお話も捨てがたい。
漫画家の西原理恵子(サイバラ)の「毎日かあさん」「酔いがさめても」など、子育てや良人のアルコール依存でたいへんな目にあったことを、あっけらかんとマンガにしてくれている。サイバラを読むと、落ち込んでいても不思議と力が湧いてくる。

 

「末井昭のダイナマイト人生相談」も秀逸である。
末井昭は、写真時代の編集長として荒木経惟(アラーキー)らと交友し、何度も逮捕された前歴がある。しかし、その文章は謙虚で優しい。末井の「自殺」は、タイトルからして陰鬱だが、その内容はとても静かで温かいのである。母がダイナマイトで情人と自殺したことが、澱のように深く著者の心に残っている。その後の、ハチャメチャな女性遍歴やギャンブル依存と借金地獄を、さらりと語って気持ちがいい。世の中には、本当にいろんな人がいるんだ。自分の人生も平凡だけど、そんなに捨てたもんじゃない、と思わせてくれる語りがある。

 

そうこうしていると、詩や俳句も読みたくなる。
長田弘の「世界はうつくしいと」という詩集には、身の回りのかけがえのない自然や時間が描かれていて、ほうっと息をつく。
水原秋櫻子「つるべおとしといえど光芒しづかなり」という句をみると、秋の真っ赤な夕暮れの静かな音のない時間に思いをはせる。

 

じつに本を読むという行為は、私にとって時空をこえた世界に飛ぶことであり、現実には決して会えない人、はるか過去の人、異世界と語り合う時間でもある。

こんな贅沢な時間が、すぐ手元に無限に広がっているという幸福と悦楽。あー、やはり読書はやめられない。

 

Author: 谷口 晋一


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