映画(再び)つくります
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医師の仕事とは
医師の仕事というのは「ものを作る」仕事ではなく、人間の中にある自然のバランスを取り戻すことだ、と哲学者のガダマーは著書『健康の神秘』の中で述べている。
21年ほど医療に携わってきて、本当にそのとおりだと思う。私たちの仕事は病いを治すことであり、疾病が治癒していく過程を少しはやめたり、それを邪魔するものを取り除くのが医師の仕事である。本質的には、医師の仕事は何かを作り出すことではない。
しかし、このようにも思う。病気という概念と違って、「健康」という概念には、取り除くだけでは足りない。むしろ、何かを付け足していくような行為が必要なのではないか。健康とは、疾病がないだけの状態ではない、というのはWHO(世界保健機関)による健康の定義でも述べられていることである。
マイナスからプラスへ
例えば、うつ病の患者がいたとする。うつ病が治癒したときに、マイナスの状態はゼロにはなるであろう。しかし、そこからプラスの状態に行くには、病気の治癒だけでは足りないのではないだろうか。
これはマック赤坂が言うまでもなく(笑)、ポジティブ心理学の大家、マーティン・セリグマンの主張でもある。彼は幸福感の研究から始め、幸福感はそのときの一時的な心身の状態によって上がったり下がったりするため、本質的なのは持続的幸福感であることに気づいた。これを発展させた概念が「ウェルビーイング(well-being)」であり、彼のPERMA理論は有名である。つまり、ウェルビーイングの構成要素には、ポジティブな感情(positive emotion)、積極的な関わり(engagement)、他者との良い関係(relationship)、人生の意義(meaning)、達成感(accomplishment)があるというのである。
例えば「意義(あるいは意味)」ということを考えてみよう。私たちはどのようなときに、自分の人生に意味を感じるだろうか。そして、例えば患者の病いの意味について積極的に関わることは、医師の仕事だろうか。
私は21世紀の医師にとって、この患者のウェルビーイングに関わり、いわば、人々の健康を「つくる」仕事に関わるのも重要な仕事だと思う。なぜなら、人間を機械のようにみなし、疾病を治療するという技術的なところはAIによって置きかわっていくからであり、AIには決して「意味」を作り出すことはできないからだ。患者とともに、病いの意味を考え、健康な状態、すなわちウェルビーイングをともに作り出していくことも医師の重要な仕事となるだろう。
映画を作るということ
私が東京にいるときに、地域の人とコラボレーションして行っていたウェルビーイング向上プロジェクトがある。「まちけん(谷根千まちばの健康プロジェクト)」と呼ばれたその活動では、対話、演劇、落語などさまざまな活動が展開され、ついに、街の人と共同して映画制作を行った。『下街ろまん』という短編映画であったが、私にとっても初の挑戦であり、そのために半年間、週末だけの映画学校に通うという無謀な挑戦をした。
ゼロからものを作るというのは本当に楽しいものであり、脚本をともに考え、俳優を募り、街の人の協力を得て、お店や路上で撮影を敢行した。この活動を通して、私自身のウェルビーイングが向上したのはもちろんのことであるが、関わった仲間や地域の人たちにも達成感や、地域への愛着が増すという効果があったようである。誰かと何かを一緒に作るという作業が、これほどにも楽しいものかということを私自身が実感した貴重な経験であった。
わたしたちのウェルビーイング
そして2021年、今住んでいる大山町でも映画をつくるプロジェクトが決定した。テーマは「在宅看取り」。30分くらいの短編映画になる予定で、現在急ピッチで企画を進めている。東京にいるときに制作した映画『下街ろまん』は、偶然の幸運が重なり、奇跡的なプロセスで作ることができた。当初、まったく映画など作る自信はなかった。なんとか制作が終わったときは「もう人生で二度と映画を作る経験はできないだろう」と思っていた。しかし、幸運にも再び、一介の医師である私に映画を作るという使命が課せられた。
私が今最も興味があることはコミュニティのウェルビーイングである。個人で達成するウェルビーイングではなく、集合的な「わたしたちのウェルビーイング」。ここ鳥取の地でも、映画を作るというとてつもなく楽しいプロジェクトを通して、地域の人たちと「わたしたちのウェルビーイング」を高められればと思っている。
Author: 孫 大輔
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