メディアから距離を置き自分を取り戻す
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番組に過剰なワイプやテロップはいらない
最近、筆者はテレビをみなくなりました。その理由は、いくつかの過剰な演出にあります。まず、画面の隅に小画面(ワイプ)が作られ、決まって芸能人やアナウンサーがうなずいたり笑ったりする画面が挿入されるのが目立ちます。また、出演者が驚いたり、涙を流したりする画面が唐突に大写しになることもあります。最近は受診料を収めている東京渋谷の放送局でもこのような演出があります。番組制作者によると、制作能力や制作費が減る傾向にあり、素人が作ったyoutube動画を流すことも多く、間が持たないためときいたことがあります。
さらに、出演者が話した言葉がいちいち字幕(テロップ)で大写しになるのも煩わしいです。製作者によると、会話の流れについてこれない人や聴力に問題がある人に配慮しているということですが、それなら「出川哲朗の充電させてもらえませんか?」(テレビ東京系)のように徹底的に全文を文字起こしすべきではないでしょうか。このようなワイプやテロップが、筆者はとってもとっても苦手でたまりません。いっそ画面から消し去ることはできないものでしょうか!? 何と言いますか、番組の制作者が視聴者に「ここで笑ってください」と指示し、「あなたはこの場面ではこういう感情でみてくれたらいいんですよ!」と視聴者の感情までも誘導しているようで、じつに気持ち悪いです。そんなこざかしい仕掛けがなくても、視聴者は様々なことを画面や音声から感じ取り考えることができるはずです。少なくとも自分でものを感じたりすることは、絶対に人にコントロールされたくないです。
テレビ、インターネットは人の関心をひき巻き込んでいくための媒体
ル・ボンの「群集心理」は、突発的に形成された群集によって個人の行動や感情がどのように変化するかなどについて解説した名著です。出版されて120年以上経ちますが、現代社会への警鐘として当てはまる内容が数多く書かれています。共通の目的や関心事を持つ人々が群集として集まると、個人が普段持っている思考や道徳感が消え、普段考えない感情が脊髄反射的にもたらされ、その行動もそろって一つの方向に進んでいきます。いつも理路整然と考える人もその群集に流されたとたんに考えることをやめ、時に攻撃的になります。その群衆が集結する場所はインターネット、特に匿名の投稿サイトに大挙訪れます。ここで文字にしてエンター・キーを押すまでの動作は無意識下で行われ、自分の考えを疑う意識(自己省察)は希薄です。仮に攻撃の対象となった人に実害が及んだら、「悪意はなかった」では済まされません。さらに悪いことに、メディアに集結した群衆は道理に合わないことを吐き捨てては消えていきます。最近要人が襲われることが相次いでいますが、「聴衆の近くで演説するのは自己責任」とか「こんな政策をしてきたなら襲われるのは自業自得」という書き込みも目を疑います。「自己責任」とか「自業自得」ということばを、世界の中で日本人が好んで使っている印象があります。そもそもテレビ、インターネットは人の関心をひくことを競いながら成立している媒体です。アテンション・エコノミーといいますが、人が一歩足を踏み入れたら大波にさらわれるように情報の渦に巻き込まれ、限られた時間をメディア閲覧に奪われていきます。
今まで述べたことは、私たち医師に当てはまると考えています。たとえば、認知症と診断された高齢患者さんの目前で、「薬を飲まずニンチ(認知症の造語)が悪化したのは自業自得だね」 この医師には診療が面倒だという負の感情と、一面的なことで判断する視野の狭さや医学的知識の問題(認知症患者はことばが耳に入らないという誤解など)があるでしょう。このような医師がことばの暴力で患者さんやスタッフを苦しめないよう、広い視野で物事をとらえ、人との見方の違いに寛容になり、信頼される人物として成長してほしいと願っております。
メディアから距離をおき、自分を取り戻そう
メディアの見すぎによって視野を狭め、同じ方向に感情を誘導された視聴者は、徐々に知的能力が低下して偏狭な人間に陥っていくでしょう。さらに声の大きな一部の自称専門家や評論家の不誠実な発言に引っ張られて、あらぬ方向に暴走していく可能性さえあります。
そういうものをみつづけて貴重な一日を無駄にするのではなく、空や風景の変化を楽しんだり、人と対話したり、趣味に打ち込んだりして、かつて自分が持っていた広い世界観を取り戻していただきたいと願っております。
Author:浜田 紀宏
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