医学的に説明できない症状に悩んでいる人へ
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皆さんはMUS(Medically unexplained symptoms)という言葉を聞いたことはありますか?
英語を直訳すると「医学的に説明できない症状」であり、多くの場合は様々な症状を持ちながら、十分な検査や診察をしても医学的に原因を説明できない状態のことです。「不定愁訴」と呼ばれることもあります。例えば何年も良くならないめまい、喉の違和感、ほてり、動悸、しびれ、腹痛……などで病院に通院し、いくら調べても原因が見つからない方がこれにあたります。
いくら調べても大きな異常がなく、実際に苦しんでいる患者は勿論のこと、医者自身もモヤモヤを抱えることも少なくありません。とある総合診療の初診外来では20−50%を占めるという報告もあり、総合診療医にとっては頻度の高い症状です。
今回は総合診療専門医を目指す後期研修医の立場から、医者としてMUSとどう向き合っているか、患者さんにどう向き合ってほしいかを書いていこうと思います。
MUSと体:身体的疾患の見逃しを防ぐ
当然ですが、まずは医学的に説明できる病気を探す所から始まります。病歴や身体所見を丁寧に行うのは勿論のこと、追加で血液や画像検査が行われることが多いです。
体の隅々まで調べても病気が見つからない場合にMUSと判断されます。患者さんとしては「なぜ治らないのか?何か見落としがあるのではないか?」と受け入れ難いこともあるかもしれませんが、とりあえず「大きな病気が見つからないことは安心できる」情報であることを知っていて下さい。一般外来ではMUSのように見えても、後々1割ほどの患者さんで何らかの病気が見つかると言われています。病気の始めは症状が揃っておらずわかりにくいこともあるので、外来で丁寧にフォローする必要があります。
MUSと心:精神科と連携することも、時には大事
診断できない / 医学的に説明できない状況であっても取れる手段は残っています。例えば症状を楽にする対症療法を行いながら丁寧に経過観察を行う、漢方薬を使ってみる、他の専門家に相談する……などがありますが、ここでは「MUSを心療内科、精神科に紹介する」ことについて考えてみましょう。
昔から「病は気から」と言われますが、精神状態やストレスが体に悪影響を与えるメカニズムは科学的に証明されています。例えば緊張してドキドキしたり、胃が痛くなることは誰もが経験があるのではないでしょうか?また逆に、体がしんどくなることで気分が滅入ったりイライラすることもよくあることと思われます。脳と体は自律神経やホルモンを通じて繋がっており、お互いに影響しあっています。これらは残念ながら現代医学の検査では捉えることができず、MUSと判断されることがあります。
実際にMUSの患者さんは長年なかなか良くならないことに対し不安・不満を抱える事が多く、この心のしんどさが体に影響を与え、更に症状が増悪する悪循環に陥っていることがあります。この悪循環を断つための方法が、精神科による心のアプローチです。
ただ精神科に対し偏見や忌避感を持ち、受診に抵抗感を持つ方も少なくありません。例えば「精神疾患は治らないので言っても意味がない」「精神安定剤や睡眠薬は依存症が怖いから飲みたくない」「心が弱いからなるのであって、頑張れば大丈夫」「周りに精神科に通っていると知られたくない」……と言われる方も多いです。ただその多くは誤解です。例えば依存症は適切な服薬を行っていれば起きることは稀です。症状などから精神科の薬が必要になる状況はどうしてもありますが、症状が楽になれば徐々に薬の必要性は少なくなります。
適切な専門家と連携することは総合診療医にとって必要な技能であり、特にMUSと精神科は切っても切れない関係があります。
MUSと社会:精神だけではなく、周囲の状況もMUSに影響を与える
体と心の関係は先程述べました。では心に影響を与えるものはなにがあるでしょうか?
総合診療/家庭医療では「体の病気―心や精神―社会などの周囲の状況」の3つは互いに影響を与えているという考え方があります(別名Bio-Psycho-Social (BPS)モデルといいます)。例えばうつ病などの背景に会社や家庭環境のストレスなどがあり、周囲の環境を整えることが治療の一つである、という事例はわかりやすいと思います。
同じようにMUSでも、患者さんの家族や地域などの背景を一つ一つ読み解き、想いを理解した上で、どういった治療方針にするかを患者と一緒に考える、これは総合診療医に求められる大事な資質です。
最後に:説明のつかない病気で苦しんでいる人へ。総合診療医 / 家庭医を頼って下さい。
総合診療専門医を目指して研修するにあたり、外来でどうしても原因がわからない人を何度も見てきました。私自身の医学能力の低さもあると思いますが、まだ十分にMUSに対応できているとは思いません。ただその中でも届けたい言葉がありこの文章を書きました。
あなたが長年説明のつかない症状で苦しんでいることも、精神科に行きたくない理由も、今すぐどうにもならない背景があることも伺いました。あなたなりにどうにかしたいと思い、様々な人に助けを求めてもどうにもならないことを教えてくれました。
確かに病気を見逃している可能性は0ではありませんし、何か見逃された病気がないかと不安に思うのも当然と思います。でもあなたが説明のつかない症状に囚われ、人生の多くを苦しむことに費やしている状況を何とかしたいと思っています。
ですので、あなたと一緒に悩み、私なりの助言することを許して下さい。未熟ながら、あなたが少しでも生きやすい世界になるための努力を私は惜しみません。
Author: 中井 翼
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